「一枚の切符」(江戸川乱歩)

「二銭銅貨」と並ぶ乱歩もう一つのデビュー作

「一枚の切符」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第1巻」)光文社文庫

富田博士邸裏の線路で
夫人が轢死する事件が起こる。
夫人の携えていた遺書から
警察は当初自殺と判断する。
しかし刑事・黒田が証拠を集め、
博士の犯行と断定する。
それに対し
現場近くにいた左右田という男が
それに異議を唱える…。

江戸川乱歩の処女作は
ご存じ「二銭銅貨」です。
しかし実は本作品も
同時執筆していたのは
あまり知られていません。
発表が「二銭銅貨」よりも
3ヶ月ほど遅れたからです。
両者を比較すると、
確かに「二銭銅貨」の方が
出来映えが優れているのですが、
だからといって本作品が
まったく無視されていいと
いうわけではないと思うのです。

本作品には
「名探偵役」が二人登場します。
現場の刑事・黒田と
現場にたまたま居合わせた
一介の書生・左右田です。

黒田は、
轢死にしては出血量が少ないという
鑑識委の判断をもとに、
解剖を請求し、
薬殺死であることを確認します。
そして現場検証を丹念に行い、
①捜査員以外の足跡が1つだけあること、
②その足跡の踵が
 異様にへこんでいること、
③その足跡は
 博士宅から続いていること、
④遺書の下書きとみられる反故紙が
 博士書斎の屑籠から発見されたこと
を見つけ出します。
そしてこれは自殺などではなく、
博士が自殺に見せかけて
夫人を殺害したという
結論に至るのです。

それに対して単なる一介の書生
(今でいう大学生か)の左右田が、
反証を試みるというものなのです。

読んでいただければ分かりますが、
一つ一つ丹念に検証されていて、
その分、
読み手は退屈する可能性があります。
化学実験のレポートを
読まされているような気分に
なるからです。
そこにドラマが存在しないところに、
この作品の弱さがあるのです。
しかし、これこそ
乱歩の探偵小説の原点なのです。

トリックを一つ一つ丁寧に論証し、
論理の破綻のないように
構築していくこと。
これこそ乱歩なのです。
後年こそ怪奇趣味が
前面に押し出された関係で、
その点がわかりにくく
なっているのですが、
これが乱歩の原点なのです。

そして左右田は最後に
意味深長な発言をします。
「僕が誠しやかに並べ立てた
 証拠というのは、
 よく考えて見ると、
 曖昧なものばかりだぜ。」

つまり、
どうにでも論証できるという
ことなのです。
それは左右田が自身を切れ者であると
言っているのと同じです。

自他共に認める頭脳明晰探偵。
これこそ明智小五郎の
原型のように思えます。
「二銭銅貨」と並ぶ
乱歩もう一つのデビュー作、
いかがでしょうか。

(2018.11.4)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

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